読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

本日はお日柄もよく。

絵をかいたり語ったり酸素吸ったりしてます。

「10000時間の法則」と「ゾーン状態」と「その先」

 

すこし前に、現実的に活用できる3つの占い - 本日はお日柄もよく。という記事を書いたのですが、そこで紹介したジョナサン・ケイナーさんが5月2日に逝去されたそうです。今までありがとう…

会ったことがあるわけでもないのにちょっと涙が出ました。
世の中って不思議ですね。
物理的に近くにいても心理的にすごく遠いなあと思う人がたくさんいます。逆に会ったことがなくても近いなあと感じる人もいる。ホント不思議です。

ジョナサン・ケイナーの占いはまだ継続しています。書きためていた分があるそうで更新されていました。よろしければぜひ!

ジョナサン・ケイナーの星占い - 占星術の世界的権威によるホロスコープサイト

 

 

 

ゴールデンウィーク後半ですが、ここ数日は二次の漫画を描いていました。
わたしは3~4年同じ原作の二次を描き続けてるんですが、さすがにこれだけ長々描いていると本当に手が慣れてしまって、恐ろしいことに、いまではオリジナルキャラを描くよりその作品のキャラを描く方が簡単という状態に…。
習慣って恐ろしいなあと思います。

 

だけどこれ、逆に考えたら「習慣にさえしてしまえばそれをモノにできる」とも考えられますね。

 

練習は本当に裏切らないか?

 

 「10000時間の法則」というのがあります。
天才と呼ばれる人は10000時間の練習(努力)をしている、というあの法則です。

matome.naver.jp

 

この論の元ネタを読んだことがないのですが…これはやはりブランク込みではいけないんですかね…;

わたしは小さい頃から絵とか文章をかくのが好きだったので、絵と文章とそれぞれ、累計10000時間は超えているはずなんですが、特別何かになったのか?と言われると何もなってないです;

努力が足りないと言われたらそれまでのはなしなんだけど…。

 

じゃあ何もいいことがなかったかというと、意外とそうでもないんですよね。なぜだか、たまにチャンスらしきものがやってくるんです。

 

ゾーン状態がチャンスをつれてきてくれるかも?

 

スポーツでよくゾーン状態という言葉がありますよね。
黒子のバスケでも出てくるアレです。
火神や青峰の目からひゅ~って光が出てるアレ(笑)

絵とか小説とかそれこそブログを書いているときとかでも、それに似た状態があるように思います。これは単に集中しているのとは少し違って、もっと神がかってる感じです。

わたしはあれを勝手に「トランス状態だ!」と呼んでいたのですが、たぶんゾーン状態のことだったんでしょうね。

 

この感覚を持てるようになっているときって、チャンスが訪れやすいように思います。
チャンスといっても何らかの声がかかるとかそのくらいのことですが、それにしたってこちらから声をかけたわけでもなく見知らぬ方から声がかかるということは、自分のあずかり知らぬところで何らかの流れがある証拠です。

まさにバタフライエフェクト

 

創作的ゾーン状態(仮)

  

例えばわたしの場合、漫画や小説を描いていますが、ストーリーに関わる創作をしている人のおおくは「プロット」という大まかな粗筋を最初に考えていると思います。いわば設計書みたいなものですね。けど、それを一切考えずにかいている人も中にはいると思うんです。少し前までわたしもそうでした。

 

で、プロットを考えずにはなしをかくとどうなるか?

 

着地点(ラスト)が決まってないので、話があっちこっち飛びます(笑) 途中でいろんな伏線をはりまくって、最後に回収するのが難しくなったりして頭をかかえます(笑) 最悪、完結できたあとに「そういえばあれってどうしてなんですか?」とかツッコまれて「うぎゃああ!!」と叫びます(笑)

 

…てな具合に設計書が無いプログラムはいろいろ不具合があるわけですが…

ゾーン状態だとこれがカチッとすべてうまくハマったりします。どうやって回収しようかなんてまるで考えてなかった伏線が勝手に回収されて自分でもビックリ!

 

この状態になるときってだいたい、「意識が完璧にその世界に入り浸っている」んです。

よくバーチャル世界の住人になるゲームやアバターがありますが、正にあんなかんじでしょうか。自分はもうその世界にいて、この世界にはいない。よく夢を見ている時に意識がある場合があるけど、あのかんじに似てるかも。

だけど不思議なことに、そのくらい意識がそこに入り込んでいるのに、読み手目線でもあるんですよね。


プロット無しで話をかくと自分でもその先が読めません。だから、キャラクターが次に何をしゃべるか、どんな行動をするのか、自分でさえもわからないです。

だけどなぜかどんどん台詞が浮かんできて、手が追い付かないほど先に先にと脳が急かしてくる場合があります。

 

そういうときって「え、この先どうなるの!?」と自分でも読み手目線になっているんです。描きながら続きをワクワクしているんです。これは、「ここをこう描けば読み手が注目する」とか、分析を元にしたような描き方とは対極にあると思います。

 

いわば自分と言う超読者がいて、リアルタイムで描きながらリアルタイムでチェックされ、一秒一秒描くごとにその超読者をどこまで満足させられるかっていう息をつかさぬゲームをしているみたいです。
脳内のノウハウを引き出して分析しながら描いてるときは冷静そのものだけど、それとは正反対だから超楽しいです(笑)

 

と、ここまで書いたけど…

プロットに関しては、大体の場合ちゃんと書きなさいと先達たちも言ってますよね。プロットをつくらない奴はダメだ!並みに書かれている場合もあります。たぶんその通りだと思います。人生と一緒でね…(笑)

だけど人気作家の宮部みゆきさんはプロットを作らないそうなので、よのなか正解とかないんでしょうね。

 

ゾーンの入り方 

   

ゾーン状態に入れば物事がスイスイ進んで、その分たくさんの作業ができると思うんです。そうすれば同じ10000時間練習するのでも、もっと質の高い10000時間となるはずです。

 

わたしは最近この感覚には入れていません…
なぜかというと、作業をするとき現実的なことが頭を霞めてしまうからです。特に漫画のペン入れをしている時はなぜか過去の嫌な思い出の数々が条件反射のようによみがえってきて気分が沈みます…(笑)
きっとこれも習慣でしょうね…なおしたい(;∀;)

 

ゾーン状態の入り方を検索すると、モチベーションを高めるとか成功をイメージするとか書かれているのですが、それが出来ていたらゾーン状態に入らなくても既に物事が上手くいってるんじゃないか?と思ったりして…

そこで個人的に使っている小技を書いてみたいと思います。

 

1.音楽を聞く

 

ゾーンにいかずとも集中するために一番おすすめなのが音楽!
ただし口ずさめない方が良いです。
歌えない方が良い。
歌うと気分がよくなるかもしれないけど、そちらに意識が向いてしまうから良くないです。だからノリノリのパンクとかロックとかアニソンとかボカロはやめたほうがいいと思います。

音楽が聞こえてるんだけど意識には上らない…本当の意味でBGMになってくれるものがいいです。嫌いじゃなかったらクラシックが一番かな?と思います。

  • ショパン「別れの曲」
  • ハッヘルベル「カノン」

あたりはちょうどいいです。暗すぎず明るすぎずです。
調べてみたらクラシックには根拠があるようです。しかもこのサイトでもカノンが紹介されてました。

また、ボルチモアのメリーランド大学などを中心に実施された研究では、バロック音楽の有用性が報告されました。研究に参加した放射線医たちは、バロック音楽によって、自身の仕事や気分が改善されたと述べたのです。一方で、マレーシアでの研究によると、BPM60(毎分60拍)の音楽を聴くと、身体のリラックス効果やストレスの減少を感じることができるといいます。

出典:もっとも生産性を高める『音楽』とは?集中力に処方箋はあるか(Sign.jp)

クラシックがダメな人は、女性シンガーソングライターの曲がオススメです。声が少し高め(キンキンしない程度)で、声が音に溶けてる感じの、主張しすぎてないアーティストが良いです。

これらの曲を、少し小さめの音量でイヤフォンorヘッドフォンで聞くと集中力が上がります。音量は結構ポイント。この微妙な差で集中できるか否かがくっきり別れます。

 

2.作業前にジグソーパズルをやる

 

なぜかはよく分からないですがジグソーパズルをやった後は比較的集中できます。わたしだけかもしれないですが(笑)

WEB上で無料でできるジグソーパズルがあるんですが、100~150ピースなら10分前後でできます。この10分で簡単な「達成感」が得られるのが報酬みたいな感じで良いのかな?と勝手に解釈してます。あと普通に楽しいです(笑)

…と思って何気なく調べてみたら意外と効果的らしいです。
すごい!ジグソーパズル!

細かなパーツを組み立てていくジグソーパズルは集中力を養います。
例えば宇宙飛行士も訓練にジグソーパズルを使っています。
彼らは真っ白なジグソーパズルをひたすら組み立てることで、極限状態が想定される宇宙空間にも耐えられる集中力を養っているのです。

出典: 脳力アップ?ジグソーパズルが子どもに与える効果とは(GYMBOREE

 

3.コーヒー&チョコレートを摂取する

 

今の今まで忘れていたのですが、ゾーン的な何かに入りまくっていた頃ほぼ毎日チョコレートを食べていました。それからわたしは普段の飲物がブラックコーヒーだったので、その二つが組み合わさっていたのですね。

多分この二つは根拠があるだろうと思って調べたところ…

ブラックコーヒーにチョコレートやキャンディーなど砂糖を含んだ甘いものを一緒に摂取することは、集中力を高め作業能力を維持、あるいは亢進させるために必要なことである

出典:砂糖の適時・適正摂取は身体の働きにどのように影響するか|(農畜産業振興機構

まさにピッタリのことがかかれていた(*゚Д゚*)

なんてことだ…無意識の行動って意外と理にかなっているのですね…人間の体ってスゴイ!

最近またブームがやってきたので良くチョコレート食べてますが、どうもこれは便通にも効くらしく…(笑)最終的にダイエット・美容にもつながる気がします。(食べすぎはダメだけど)

 

 努力も大切だけど同じくらい重要なものがあると思う

 

確か脳科学関係の本に書いてあったと思うんですが、勉強って、教科書を何度も読むより、問題集をひたすら解いた方が良いそうです。正に10000時間の法則ですよね。

ということは…

 

努力は裏切らない!!!

 

ってことじゃない!?ってはなしなんですが…

 

以前友達とそういうはなしになったんですね。
そうしたらその友達がおもしろいこと言うんですよ!

 

「努力すれば上手くなるなんて嘘だよ!!!」

「だって○○って漫画家、10年前から絵が下手なまま変わってないもん!!!10年も描いてるのにだよ!?」

「だから努力したって無駄!!!」 

 

なにその斬新な考え方(笑)

 

全力で努力を否定する方向性にめっちゃ笑いました(笑)

でもそうか、なるほど、そういう逆の考え方もあるのか、と。本当に斬新すぎて笑った(笑)

 

友達はそう言っていましたが、わたしは努力すれば何事もそれなりに上手くはなると思っています。ただその上手いっていうのは「誰の基準なのか?」というのが大きいと思うんですよね。

そして一番かんがえなくてはならないのは「上手くなったからといってそれがどうした?」ってことです。ただ上手くなるだけが目的なら目標達成できて良いと思うけれど、本当に大切なのは誰しもきっとその先のことだと思うのです。

 

上手くなって、誰かに認められたい、とか。

上手くなって、目に見える結果をだしたい、とか。

 

結局10000時間努力を続けても、本当の目的を理解していないままだといつまでたっても堂々巡りかもしれないですね。わたしのように…(笑)
上手くなっても自動的に誰かに認められるわけじゃないし、勝手に結果がでるわけじゃない。上手くなるというのは結局、効率よくチャレンジするための手段でしかないですよね。だったら最初から試しにチャレンジしてみりゃいいじゃんってはなしで…。

 

上で書いた友達の言葉の中には、そういう現実が隠されているように思えます。
例えばその漫画家さんが10年間描き続けてまったく下手なままだったとしても、それはそれでいいわけですよね。だってその方はもう漫画家として地位を確立してるんですもん!
それ以上上手くならなくたって構わない何かがその漫画家さんにはあるってことでしょう。

古い漫画家さんの中には、最近の絵に変えているひともいっぱいいますよね。それはきっとその必要性があったからなんじゃないかと思います。

だから本当は、上手くなるならないという話をする際に、その漫画家さんの例を出すのは少し観点が違うと思うんですが、個人的にめっちゃ面白くて笑ったんで書いてみました(笑)
ほんとうに面白い友人なんですよ!(*´I`*)

 

これは恋愛に例えるとかなり分かりやすいですね。
10000時間の努力は、いわば自分磨きです。
スキルも高めたし性的魅力も存分に高めた。
さあ、ばっちこーい!!!ヽ(`Д´)ノ…という状態です。

だけどもし自分から話しかけるというチャレンジをせず待っているだけだったら、自分磨きはしてないけど自分からガツガツ話しかけるタイプの人の方が、やっぱり恋愛チャンスは多いと思います。

 

それを考えると、努力することって、チャレンジが怖いときの言訳にも成りかねないんですね。努力ってなんとなく美しい感じがあるから、きっと自分自身の心も上手く騙してしまうでしょう…

 

努力はたぶん裏切らないけど、やっぱり最終的にはチャレンジしなきゃ意味ないような気がします。。

 

 

 

わたしは自分自身の絵を描くことを習慣化するためにこのブログに絵をあげていますが…少しは効果があるなあと思っています。

 

既存の作品のキャラを描いて楽しいと思うのは、そのキャラが好きだからです。反面、自分の絵を描いて楽しいと思うのは純粋に、絵を描くという行為そのものに対してです。

この違いは自分の中ですごく大きくて、およそ19歳くらいのとき以来の感覚だったので少し嬉しかったです。

自分自身の絵をモノにしたいなあと思うのですが、上で書いたとおり、本当の目的はたぶん絵をかくことそのものではないと思っていて…だけどたまに本当にそうかどうか分からなくなるから、日々自分の中で修正していかないとダメですね。

じぶんのことなのに、ここが結構難しいのです。

 

 

 

なんでこんな長い文章を書いてしまったんでしょう…
というかなんでいきなりこんなこと書いたんだろう…(笑)
今日の絵をあげて終わりにしたいと思います。

 

 

  

ダンサーっぽくなりました(*´∀`*)
びっくりするくらい記事の内容に関係ないですね(笑)

 

広告を非表示にする